湯川先生の随筆より

人生には”むだ”がつきものである。お正月の数日間など”むだ”だと思う人も多いであろう。しかし、人間は年がら年中、ぎりぎり決着の所で生きてゆくわけにはいかない。適度の無駄があって、はじめて人生にゆとりができる。それどころか、”むだ”の中にはむしろ必要なもの不可避なものさえある。一口に”文化”といわれるもののなかには、どうしてもある程度の”むだ”がまじってくる。そして一番困るのは、その中のどれが果たして不必要な”むだ”であるか、判定が容易でないことである。そもそも人間活動の中に、果たして”むだ”に終わるかどうか的確に予知できない要素が多分にふくまれていること自体が人間の生き方、考え方に本質的な意味をもっているのではなかろうか。

 

研究段階である程度の”むだ”があっても、出来うる限りのいろいろの可能性を追求しておくことが、前途の大きな危険を避け、正しい道を選ぶのに役立つのである。人類の賢明な進化の方策、あるいはもっと狭く一国の発展の方策をきめる大切な目安がここにあるといってもあながち我田引水ではなかろう。

 

 

以上、引用。

 

 

朝から湯川先生の話をテレビで聞いていた。感銘を受けたので掲載。