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『キングダム』に学ぶ成り上がり「お惣菜屋さんからITコンサルタントへの奇跡」〜これだから乱世は面白い〜、思考を言語化していこう!

父が亡くなりました

お疲れ様です。

ここ数日眠れない日々を過ごしています。

 

FacebookTwitterでもいつも記事を掲載したり、セルフブランディングし続けていましたが、今は喪に服すために自重しています。

 

令和元年開けたばかりですが、父が亡くなりました・・

 

ようやく、お通夜、葬儀が終わりまだまだ、諸々のことが残っていますが・・

 

まずは折角なので、喪主としてご会葬いただいた皆様へお話しした内容を記載いたします。

 

喪主挨拶

故人 ◯◯◯◯の長男 ◯◯でございます。喪主として一言ご挨拶申し上げます。本日はご多忙な中、父・◯◯の葬儀にご会葬を賜り誠にありがとうございました。

2018年10月より父と母はここ福岡に引越しをして新生活を始めておりましたが、父は、母が体調を崩してからは特に、洗濯を手伝ったり家の掃除してくれたり母のケア含めて、親(おや)孝行ならぬ、妻(つま)孝行をしてくれておりました。
そんな父を見て、私は非常に感謝し、そして心強く感じておりました。

しかし、5月5日19時30分頃、母からの緊急電話で私が駆けつけたときは、体調を崩し風呂場で溺れてしまった父の姿を目の当たりにし、そのまま父は病院に搬送されましたが、心肺停止状態となり、5月5日20時24分、78歳で帰らぬ人となってしまいました。

あれほど元気だった父が、また今まで数々の困難や病魔を乗り越えてきた父が、よもや亡くなるとは思ってもおりませんでした。父には教わりたいことがたくさんあったのですが、もう聞くこともできないのが本当に残念でなりません。

父は、多少頑固なところはありましたが、非常に几帳面でかつ器用で、特に歳をとってからの父は本当に優しく、私や私の弟である◯◯、そして何より妻である 母・◯◯◯ の大きな支えでした。

また、父の孫である、私たちの子供たち、
◯◯◯、◯◯◯、◯◯◯、◯◯◯、◯◯◯が

健やかに育っているのも間違いなく父のお陰と私は考えています。

子供たちは一緒に遊んでくれたお爺ちゃんとの思い出をきっと記憶の1ページとして記録し、また大きな糧として強く逞しく成長してくれると私は信じておりますし、そんな彼らと私たちがお互いに協力しあい、今後も母・◯◯◯を支えながら前へ向かって進んで参りたいと考えております。

本日は最後までお見送りいただき、また遠路はるばるお越しいただき、父も心から喜んでいると思います。厚くお礼申し上げます。ありがとうございました。

 

 

悔いが残る

母は要介護ではないですが、介護に近い状態になってしまい、

本当に父が色々やりくりをしてくれていました。

 

今回の件で私は色々悔やみました・・

 

・何故一緒に住もうって言えなかったのか?

→昨年福岡で住むタイミングでなぜ一緒に住もうって言えなかったのか?もちろん、それはそれでライフスタイルの違いで大変なわけですし、おそらく実現しないとは思いますが、今回は誰かがいち早く気がつけばもしかしたら父は助かったのではないかと・・

 

・数十年過ごしてきた鹿児島を離れ、福岡に住んでもらっていたのはBetterだったのか?

→もちろん鹿児島にいると、今回のケースのようなことに対応できるわけではないわけですが・・、鹿児島にずっといると、母の病気がもっと悪化していて母の方がもしかしたら・・・なっていたかもませんが・・

 

・事前にもっと対応できていたのではないか?

→高齢の両親には、私が得意なIoTで見守りシステムをいち早く準備してあげておくべきではなかったかと・・

そうすればもっと迅速に対応できていたのではないかと・・・

 

警察さんの定型的な対応には疑問

今回、自宅でおそらく心肺停止状態となりましたので、警察が諸々調べに来られました。

(病院で亡くなるのとは異なりそういうものらしいです)

 

死因は原因不明で溺死的なことを死亡診断書には書いていましたが、私はおそらく、風邪を引いていて、寒くて熱い風呂に入りヒートショックにより意識が朦朧もしくは意識を失ってしまったのではないかと推察しています。

(CTを撮ってもらった時に、肺炎を少し起こしていたと聞いていますし、寒い寒いと本人が言っていたと母が言っていました。)

 

根拠を提示して、寒暖差によるヒートショックではないかと私はずっと警察さんにも伝えていましたが、まあそういう職業なんでしょうね。一切そうかもしれませんねとは言ってくれず・・

 

病院でも話を聞くからちょっと待ってと言われつつ、なかなかおまわりさんこないし

(結果2時間ぐらい待たされて)、それから調書や鑑識さんの対応もあって、寝たのはAM4時、まあ、私だけならまだいいんですが、体調の悪い母までAM4時まで付き合わせて正直、どうなんだろうって気がしました。

母は、薬も時間どうりに飲まないといけない、ご飯も定期的に食べないといけない、腰は悪いのに、、そんな中で対応することに疑問を感じていました。

(なんか、服用している薬とか、まああちこち両親の家の中を調べまくられましたよ・・、銀行口座にいくらお金が入っているかとか。途中、警察手帳を見せてくださいって私言いかけましたから・・そういう詐欺もありそうだし)

 

それからというもの母は体調が不安定です。正直憤りを感じています。

 

しかも翌日もおまわりさんから電話かかってきて、風呂上がりに父はどの服を着るつもりだったのか?とか。。そんなのさ、当人しかわからないんじゃない?って思うんですが・・

 

事故なのか、事件性があるのかを調べるのはわかるんですが、そういうのって利益を得る人がいるかどうかで対応時間含め調整できると思うんですよ・・

 

母は父に死亡保険はかけてませんでした。まあ、なんでかけてないかは置いといて、、

 

その点も警察さんには話したんですが、まあ、淡々と長々と何時間も時間をかけて、、

我々からすれば父を失うことは損失であるし、警察さんにしても、そんな事情を考えずただ淡々と同じことをやるでは時間が勿体無いと思うんですよね・・

 

ほんと心底、母は父に感謝していました。母は、自由に動けない自分が情けないって、父に本当に感謝してるって、

涙ながらに常々話していたんですよ・・

 

 

そんな中、私は

「皆、一人じゃ生きていけない、みんな誰かに助けられて生かされてるんだから、気にしなくていいんだよって」

っていつも勇気付けていました・・

 

話が脱線しましたが、警察さんの今回の対応は今後のケースも考えるともっと改善の余地があるように感じました。すべての懸案に対して、同じ時間をかけるって無駄のような気もして・・

私が家系の血筋である、政治家になった暁には、、

真剣に対応して参りたいと考えています。(まあ、政治家になることはあるかわかりませんが。。)

 

亡くなった経緯(私見

寒い状態の中で、熱いお風呂に入る(父は熱いお風呂が大好きでした)

いわゆるヒートショックになってしまい、意識が朦朧→意識を失う、ということになり溺れてしまったのではないかと思っています。

 

風邪をひいていて、疲れていたことも原因として考えられます。

 

父は膵臓を悪くして糖尿病持ちでした。

膵臓を若い頃に病気していることもありますが、

糖尿病なども合わさって血圧が上下激しくなってしまったのではないかと。

 

普通溺れたら、声を上げると思いますが、母は声を出してなかったと言っていましたので。。意識を失ったのではないかと・・

 

また、母もとっさのことで判断ができなかったこともありそうですが、

彼女なりに判断してくれていたので、私はもう何も言えません。

 

この2日間

ほんと、夜通しで泣きました。

 

お通夜も告別式会場で、父の遺影を見ながら、

ずっと泣いてました・・

 

そう、一人、喪主として話すことを考えながら・・

 

思い出しながら泣き、自分の想いを文章にしながら・・

 

子供達(父からすると孫)にほんと気持ちを伝えたかったんです・・

 

人はいつか死ぬ、しかも突然に

 

だから、

 

精一杯生きて欲しい。

 

 

葬儀について

遠方から本当に多くの方に会葬いただきました。

 

また、4月に私も転職したばかりでまだ試用期間の身分です。

 

やむを得ないとは言いつつも、やはり

お休みをいただくことに申し訳ない気持ちでいっぱいです。

(しかも今週やらなければならないタスクも大きなものを抱えておりましたし)

 

初めは1日だけでもいいので休ませて欲しいという感じでしたが、

 

・5日間休暇がいただけた

・弔電、お花もいただけた(香典もいただけそう)

→しかも対応が非常に早い

 

また、わざわざ福岡のお取りまとめの方が、

弔問におとづれたいとご連絡までいただきました。

 

外資系でドライな会社と言われていることも多い会社様です。

もちろん、仕事は大変なことが多いし、勉強させていただくことも多いですが、

今回のご対応で改めてファンになりました。

 

母のことをまずは家族一致団結して、進めることもありますが、

会社に貢献したいという強い思いを改めて再確認するきっかけとなりました。

 

ちなみに、前々職の時は、私が結婚する際に、

祝電をいただいたのは常駐先の会社様で所属する会社からは一切祝電などはなく、

前々職の上司からは「ごめん、忘れてた」という回答をもらいました。。(笑

 

 

これから

これから、母を家に迎え入れて新しい生活がスタートします。

 

私の子供達も、父のために(おじいちゃんのために)

涙を流してくれました。

 

血の通った子供達だったんだなと改めて実感して、本当に嬉しかったし、

私ももらい泣きしました。。

 

今日、私は妻、子供達、母に自分の気持ちを明らかにし、

彼らの心を改めて動かすために話をするつもりですが、

すでに娘は行動に移し始めているようです。

 

まだ、喪に服している状態で事務的なこと含めやることを処理していかなければなりませんが、まずは乱文ですが、ブログにのみ記載させていただきます。

 

ご覧いただきありがとうございます。